この映画について

小名木川(おなぎがわ)は隅田川の東、東京・江東区 を東西に流れる川です。この地域は江戸期に開削された 運河がいくつも縱橫に流れる「川のまち」。『小名木川物語』は江戸以来の歴史が積み重なる深川(江東区の西側地域)を主な舞台とする、自主制作のオリジナル劇映画です。

深川は昔から想像力をかき立てる 土地でした。松尾芭蕉は深川に芭蕉庵を構え、北斎や広重らは浮世絵を描きました。また近現代には多くの作家 が時代小説やエッセイの舞台としてきました。現在でも江戸の昔と変わらない川筋や橋の名前、そして 神輿がまちを練り歩く夏祭りなどに過ぎ去った時代の面影がうかがえます。 一方、近年は深川の一部で ある清澄白河エリアに注目が集まり、多くのクリエイターが移り住むようになってきました。自立心とアイデアに富んだ若い世代の自営業の人たちも増えて、新たな活気が生まれています。

こうした歴史や文化と新しいものが共存する土地で地元の人々やアーティストたちと連携し、「コミュニティから発信する映画」をつくることはできないか。そんな思いから、この映画製作がスタートしました。趣旨に賛同してくれた人たちが集まって 2013年に『小名木川物語』製作委員会が発足。数人を除いてスタッフもキャストも映画製作は初めてでしたが、「深川の魅力を映画にしたい」、「等身大の深川の人々を描きたい」、「このまちの歴史と記憶を映像に残したい」という思いで映画づくりを続けました。喪失感を抱えて故郷の深川に帰ってくる「進」を主人公とする劇映画のかたちをとりながら、主要なキャスト以外は、実際に工場や商店を営んでいる深川の人たちに「本人の役」で登場いただき、ドラマとドキュメンタリーが溶け合うような手法をとりました。

本作ではまちと人が織りなす四季折々のさまざま な情景を描くと同時に、「川」と「水」をキーワードに、個人の、そして集団の「喪失と再生」というテーマをバックボーンに据えて描いています。特筆すべきは写真家として長年第一線で活動を続ける大西みつぐ監督の美しい映像です。深川で生まれ育っ た監督は撮影も半分以上担当し、川と橋が作り出す風景や季節のうつろいをカメラに収めました。

 

主演の徳久ウィリアムと伊宝田隆子はそれぞれ声と身体の表現者として、現在の深川に暮らす主人公を魅力的に演じています。また映画や舞台などで活躍する俳優も出演し、要所要所で映画により豊かな説得力を与えています。そして音楽は日本国内でも指折りの音楽家、演奏家に結集いただき、素晴らしい仕上がりとなりました。最終的には地域や世代の枠を超えてご覧いただく価値のある作品が出来上がったと確信しています。

クランクインから3年半が過ぎ、この間まちの多くの方に撮影協力いただきましたが、ここまでは『小名木川物語』製作委員会による完全な自主映画として撮影資金をやり繰りしながら完成を迎えることとなりました。この「まちから立ち上がる映画」を通して、深川という固有名詞に限定するのではなく、21世紀の私たちが 暮らす「まち」というものを見直してもらえるきっかけになれば、この上ない喜びです。

(2017年1月1日 『小名木川物語』製作委員会)

撮影風景

 

監督・大西みつぐからのメッセージ

私は隅田川と荒川を結ぶ小名木川にほど近い、当時労働者の人々が暮らす深川の端っこの町で生まれ、18歳までそこで過ごした。戦後を生き抜いてきた父と母からは東京大空襲の体験を聞かされたし、高度経済成長期にあっても貧しい町の現実を目の当たりに見てきた。だからだろうか、それでも庶民は生きねばならないという覚悟にしだいに共鳴していったように思う。

その真ん中に、まさにシンボルのようにずっとまっすぐに流れている小名木川があった。 子どもの頃、橋の上から川を長いこと見ていると妙に心が落ち着いたものだ。町の中を貫く川にしたたかな逞しさを感じたのかもしれない。かつての深川の町を行き過ぎていった人々の面影は、陳腐な表現だが、私にとっては常に走馬灯のイメージとしてある。人も風景も揺れて漂い、消えて現れる。時間と空間を「写真」としてスライスしてきた私がはじめて「映画」という濃厚な時間の流れに身をまかす。

この映画に込める私の想いは、あの震災以後、そしてこの今日的な状況の中で、ともすれば縮こまってしまう私たちに、町を愛し、人を愛するという普通のことが、日本をもっと高 い次元で支えていくのではないだろうかということだ。そこから再生する以外に道はない と思っている。 制作開始からだいぶ長い時間をかけてしまったが、片隅にある普通の町の風景と愛おしい人々を丹念に描いてきたつもりだ。ここから私たちの明日を照射してみたい。

2013年3月31日クランクイン当日の撮影風景

 

 

製作の経緯

映画を作ろう、しかも「地元」の人たちだけで。そんな話が持ち上がったのは2012年、深川神明宮の本祭りで写真家の大西みつぐさんと神輿を担いだときでした。勇壮な水掛け、担ぎ手たちのエネルギー、そして夏の光のなか、蜃気楼のように見えた着物姿の女性。「絵になるなあ」という写真家のつぶやきから、『小名木川物語』の製作がスタートしました。まさか3年もかけて長編映画を撮ることになるとは、そのときは思いもよりませんでした。

「まち」を撮るのだから「まち」の人で作ろう。ボイスパフォーマーの徳久ウィリアムさん、美術家の伊宝田隆子さんが出演を快諾。スタッフにもクリエイターや音楽家など多士済々が集まり、『小名木川物語』製作委員会が立ち上がりました。「お江戸深川さくらまつり」の新内流しを皮切りに、小名木川の川施餓鬼灯籠流し、深川の神輿巡幸などさまざまな風景をカメラに収めました。ただ映画製作はスタッフのほとんどが初めてで、いろいろありました。でも、みんなが映画作りを学びながら、いつの間にか、専門家ではないからこそユニークな「大西組」ができていきました。

何より嬉しかったのは、深川の地元の人たちが「本人の役」で出演してくれたことです。『小名木川物語』は劇映画ですが、ドキュメンタリーでもあります。まったく新しい「まちから立ち上がるローカルムービー」が出来たと思います。「まち」で映画を作ることができたことを幸せに思っています。21世紀は人々がつながりを失い、浮遊しているとも言われます。『小名木川物語』は「まち」と「つながり」を静かに描きました。この映画を通して、深川という固有名詞に限定するのではなく、21世紀の私たちが暮らす「まち」というものを考えてもらえるきっかけになれば、この上ない喜びです。(製作・東海亮樹)

2015年3月、句会シーンにご出演いただいたみなさん

 

 

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